2017年10月31日火曜日

ハッピーかどうか

 今日はハローウィーンですね。街中ではすごい仮装をしている人たちを目撃しました。ハッピーハローウィーンと言われるくらいですから、イベント好きな日本人にとっては楽しみのひとつです。企業もハローウィーンというイベントに便乗し、利益を出そうと躍起になっている様子です。
 僕は子どもの頃、英会話を習っていてその教室にハローウィーンのイベントに仮装して参加しなければならないことに強い拒否感を感じた記憶があります。
 最後になりますが、小さい子どもを無理矢理仮装させているママ友軍団のような集団を目撃すると、子どもがかわいそうに思えてならないのは僕だけでしょうか。

2017年10月29日日曜日

利用する行為

 利用と聞くと、物や機械を想像します。ですが、実際には人を利用する行為も存在します。それは政治の世界で表現できるはずです。どの党と組めば良いのか、どの派閥には入れは良いのかを政治家は考えています。要は自分の身の安全のために人を利用するわけです。時には人を利用しのし上がったり、あるいは逆に利用されたりします。政治家は自分の党に、将来確実に出世しそうな総理大臣になりそうな人、つまり小泉進次郎さんのような人には歩み寄ることは確実です。
 人を利用する行為は、政治の世界だけでなく、職場や地域のコミュニティでも行われているのかもしれませんね。

2017年10月27日金曜日

広告の役割

 IKEAというお店があります。スウェーデン発の非常におしゃれな家具を揃えているお店です。僕はIKEA行ったことがありません。ですが、IKEAの商品が掲載されている本を所有しているので、どのような商品が販売されているのかは知っています。この本を見ていると、IKEAの家具が欲しくなります。そしてIKEAに行ってみたくなります。
 このIKEAの商品ばかりを掲載した本はいわゆる広告本です。宣伝が目的なのです。本の中には日常生活とはかけ離れた手足の長い外人さんと、色とりどりのおしゃれな家具で溢れています。きっとデザインに興味のない方でも、IKEAの商品が欲しくなってしまうでしょう。その意味でIKEAの本は見事に広告の役割を果たしていると言えます。

2017年10月26日木曜日

友達って

 Facebookをやっていたりすると友だちが何人いるのかがひとつのステータスだった時代がありました。残念ながらFacebook自体が下火になってしまいましたが、まだまだ利用している人はいると思います。
 ここで問題となるのが、友だちって何だろうという疑問符です。一般的なイメージとして友だちが多い人は明るくて社交的でアクティブなイメージです。逆に友だちが少なそうな人は暗くてインドア派でネガティブなイメージです。
 友だちが多いか少ないかはさておき、友だちとは何かと考えてみると、やはり味方になれるかどうかだと思います。例えばAくんの友だちのBくんが喧嘩をし、傷害罪で逮捕されてしまうとします。AくんはBくんが逮捕されたことを知り「Bくんが人を殴るなんて考えられない。よほどの事情があったのだろう」とBくんを心配します。そう、これこそが友だちなのです。傷害罪で逮捕されたBくんと距離を置こうとするのならそれは本当の友だちではなくただの知人にすぎないのです。 
 自分には本当の友だちが何人いるのだろうと数えてみることは実は重要なことなのかもしれません。

2017年10月24日火曜日

朝方の夢は

 子どもの頃はよくうなされて起きたり、奇声を発してから起きたものですが、精神状態は今も昔も健全でございます。そのうなされる、奇声を発する状況を作り出しているのは、夢なのです。しかも、それは朝方に多いのが特徴です。先日も変な夢を見て目覚めてしまいました。やはり朝でした。
 おそらく眠りが浅いから夢を見る、そして起きてしまうのでしょう。そうわかっていても夢は見てしまうし、うなされたり、絶叫しながら起きてしまうというのは何とも気分の悪いものですから、対策を考えなければなりません。

2017年10月23日月曜日

会話の

 人から話しかけられやすいタイプなのか、僕はよく道を聞かれたりします。先日、駅で外国人の女性から英語で話しかけられました。駅名は聞き取れたのですが、どのように説明したら良いのかわからず困ってしまいました。言語というものは重要で、話せないと会話のキャッチボールができないのです。
 それから日本人が例えばアメリカに観光や仕事で行く場合、英語を使おうと努力します。ですが、逆に外国人が日本に来た場合、その国の言語で堂々と話しかけて来ます。結局のところ我々日本人は多国語を話せると会話ができるので楽しいと思います。

2017年10月20日金曜日

偉そうな人

 職場には必ず偉そうな人がいます。それは課長とか部長とか社長とかの役職ということではなく、なんだか偉そうなのです。そしてその偉そうな人以外はその偉そうな人を偉そうな人として認識し共有するのがなんだか不思議な現象です。
 偉そうな人に「なんでそんなに偉そうなんですか?」という人はいません。触らぬ神に祟りなしで誰も何も言わないので、偉そうな人はさらに偉そうになり最終的には本当の意味で孤立をしてしまうのですが、偉そうな人は孤立していることに気づきません。なぜかというと偉そうだからです。
 加えて、偉そうな人はおそらく他人を見下しているところがあるのでしょう。さらに偉そうない人が仕事ができない場合はタチが悪いです。
 結論を申し上げると、偉そうにしていても仕事ができ人間性が素晴らしければ、誰も何も言わない。つまり、本当に偉いという意味で尊敬されるのです。