2017年7月7日金曜日

アナログの良さ

 スマートフォンで音楽を聴いていると音量が気になったりします。当然、調整をするのですが、どうしてもスマートフォンの横のボタンを押してしまう癖があります。すると、音量を調節するときに、1つ音量を上げると、音が大きすぎる。また1つ音量を下げると音が小さすぎるという現象にたどり着きます。つまり、デジタルなので、その中間に調整をすることができないのです。スマートフォンの画面を開けば、指で調整が可能ですが、なんというか面倒くさいのです。
 これは車のパワーウィンドウにも言えることです。押しすぎると開きすぎてしまい、引きすぎると閉じすぎてしまうので「おいおい」となるのです。昔の手動で窓を開けるアナログ方式なら、自分の手で正確にコントロールできたのに、文明の利器が人間にストレスを与えているとは皮肉な事実です。
 先日、日本のSONYがアナログレコードの本格的な生産を開始するというニュースがありました。これは良い流れだと思います。デジタルで勝負していってもApple製品にはかなわないでしょう。だからこその、原点回帰といいますか、アナログを大切にする日本のファン向けにしっかりした技術を兼ね備えたSONYが対応していくことに、感動致しました。
 アナログの良さは無機質ではない、ぬくもりを感じられるところにあると思います。

2017年7月6日木曜日

アート作品の不思議

 ある人にとっては芸術作品であっても、またある人にとってはただのガラクタかもしれないもの。それこそがアート作品なのだと思います。そもそも好みは一貫しているものではないので、すべての人間に受け入れられるアート作品など存在するはずがありません。
 「あのアーティストの作品が好きだ」の鑑賞者の意見はどこからくるのかを考えると、確実に理屈ではなく感覚的なものに左右されているに違いありません。よってこの不思議な現象は口で説明することは不可能です。
 では逆にアート作品を産み出すアーティストは理屈と感覚のどちらで制作をしているのかについてです。これは両方なのだと思います。感覚だけで作品を制作しているなら、それはプロではありません。きちんと頭で考えてから、感覚と技術で制作をしていくのです。過去の著名なアーティストの名作を見れば一目瞭然で、多くの作り直しを経ていることが明らかです。適当な感覚で制作していないことの証明であります。

2017年7月5日水曜日

毎日の意味

 某ファーストフード店のポテトはとてもおいしいです。子どもの頃から食べ慣れた味のためか、大人になっても飽きずに頂くことができます。そんな某ファーストフード店は、たまにポテト全サイズ150円というキャンペーンを行います。これは誰でも大きいサイズを注文するでしょうが、毎日毎日そこのポテトを食していると当然、おいしさに対する感動は薄れてしまいます。それどころか、激太りしてしまうかもしれません。
 毎日毎日、大好物を食べること、毎日毎日、腹筋トレーニングをすること、これらの意味合いは全然違うと思います。前者はおいしく欲を満たすことができますが、後者はやらなければならない、日課にしたいという義務感が働くものなのです。
 毎日の習慣は、やる気がないと習慣になりません。おそらく好きなこと、楽しいことはたまにするから快楽を得られるのであって、毎日やるものではないと思います。日々の体調管理に気を使っている人にとっては、たまに行われるポテト全品150円のキャンペーンは利用する価値があるのではないでしょうか。

2017年7月4日火曜日

お礼の伝え方

 お中元の季節ですね。お中元の意味合いは、お世話になっている人への感謝を贈り物で伝える習慣です。お中元を頂くとありがたい気持ちが芽生えますし、当然、頂いたらお返しが必要になります。
 近年はコミュニケーションの手段が変化し、LINEなどですべてを終わらせてしまえる世の中です。これはこれで時代の流れです。それでも古くからの慣習であるお中元などはお礼の伝え方の手段のひとつとして、大切なものです。面倒くさいと考える人も多いでしょうし、一体何を送ればよいのだろうと悩む人もいるでしょう。確かにメールやLINEで育った若者が、お中元、お歳暮の文化を継承していくとは、とても思えません。だからといって、人に対する感謝の気持ちを表すことは、これからも無くなることはないわけです。
 一番、魅力的なお礼の伝え方は面と向かって「いつもありがとうございます」と言うことです。ですが、これが恥ずかしくてなかなかできないのが日本人の謙虚さ、そう換言することができるのです。

2017年7月3日月曜日

アプリの利用規約が

 最近、学習したことです。スマートフォンが普及し、おのおのがお気に入りのアプリを活用していると思われます。僕自身もそのひとりです。そうすると、どうしても自分がアプリを動かしているような錯覚に陥ります。ですが、アプリはその開発者や、企業が中心です。彼らが利用者を誘導しているのです。当然、開発者、企業側に不利益と判断すれば利用規約が改定されます。中には「え~」と実際に声を出してしまうほどめちゃくちゃな利用規約の改定だったりしますが、嫌なら使うのをやめるしか選択肢はありません。ですが、使い慣れたお気に入りアプリをそう簡単にアンインストールできるはずはありません。開発者、企業側はそのことを承知の上で利用規約の改定に踏み切っているのです。
 たとえば、今まで無料で利用できたアプリが、定期的に行われるアップデートをしたら、無料で使えていた機能が課金しないと使えなくなったということはよくあります。「ほとんど詐欺じゃないか(怒)」と言ったところで時すでに遅し。
 とにかくスマートフォンは体の一部ではなく生活のツールであること、あまりスマホやアプリにのめりこまないことが重要です。絶対になくなったら困るものにしてはいけませんね。

2017年7月2日日曜日

職業病

 先日、わたくしのブログでプロ棋士の藤井聡太四段についてお書きしました。その後もネットや新聞、テレビ等で藤井聡太さんの特集やピックアップは続いています。日本全体が注目している証しであります。
 さて、そんなプロ棋士についてなのですが、中には車の運転をしないプロ棋士も存在するようなのです。理由は起きている時はずっと将棋のことばかりを考えてしまい、車の運転に集中できないからだそうです。別のプロ棋士は街中の四角が盤面の四角に見えてしまうそうです。これらは完全に職業病と断言していいでしょう 
 一般的には、仕事は仕事の時間だけスイッチを入れ、仕事以外はそのスイッチをオフにするものです。ところがトップのプロ棋士になると、オンオフなく常に仕事のこと、将棋のことを考え、研究をしてしまう。逆に言えば、そのくらいでなければプロにはなれないのです。
 個人的には僕は以前、白い車を見かけると、絵を描いてしまいたくなる衝動にかられたことがありました。これは職業病というよりは犯罪行為になってしまいますので、衝動を抑える理性があって良かったと思っております。

2017年7月1日土曜日

興味のあるなし

 子どもは大人に質問を連発します。それはその子が興味を抱いている関心事について疑問があるときに、質問をするのでしょう。人間は大人になると、いろいろなことに興味を失います。特定の分野について興味を持つことはあるのでしょうが、広い分野の興味がなくなります。興味がなくなると、自分で調べたり勉強したりすることがなくなるので、知識は増えません。
 その意味で学校教育の必要性は、いろいろなことを勉強することで興味の幅を広げ自分の道を見つけやすくする意味で有意義だと思いますが、実際には受験のための勉強が第一の目的なのでしょう。
 僕はいろいろなことに興味を抱くことがすごいと言っているわけではありません。逆に特定の分野のこと以外は何もわからないような職人的な人間に憧れます。かといって、社会全体がそのような職人だらけになると、偏りが出てきてしまうでしょう。要は適材適所ということです。興味のあるなしも十人十色なのです。
 空はなぜ青いのか。身近な子どもにそう質問され、明確に解答できる大人は果たしてどのくらいいるのでしょうか。