2024年9月7日土曜日

ネクタイについて

 僕は会社員や公務員ではないので、ネクタイをする機会がほとんどありません。ですがネクタイは3つ所有しております。冠婚葬祭用の2本と、おしゃれな感じなネクタイが1本の計3本。僕はたまにお出かけする時にネクタイをすることがあります。ファッションに興味があった頃にはボウタイとネクタイを含めると100個以上は所有しておりました。お片付けしたので、今は3本で十分。小さなタンスに収納しています。

 スーツを着なければならない環境下のかたは、ネクタイくらいしか遊ぶところがないでしょうから、たくさん所有していて良いと思います。ぜひファッションを楽しんでいただきたいです。今はネットがありますから、お気に入りの柄のネクタイを簡単にスマホで検索し、選択をする機会があるでしょう。ただ気をつけなければならないのがお色味。ネットではカメラの光加減の影響で実物が届いた時に「あれっちょっと思っていたのと違う」というようなことがあるかと思います。僕も実際にありました。そう考えるとネクタイはお店で買うことがベストなのかもしれません。

 仕事上、ネクタイが必要ないかたは多いと思います。それからクールビズ。クールビズの期間はネクタイ必要ありませんよね。そして、年齢によってもネクタイの好みは分かれます。ファッションに興味があった頃の僕は、ドット柄やタータンチェックの柄のネクタイを好んでつけておりました。懐かしい思い出。みなさまもネクタイをお買い物で選ぶ際には非常にワクワクすると思います。自分に合ったネクタイを見つけて日々をお楽しみください。今日はネクタイについてでした。



2024年9月6日金曜日

捨てられない人って

  世の中にはいろいろな人が存在します。それは当然のこと。僕はお片付けに成功しましたが、うまくいかない人もいるみたいです。そんな人は無理に捨てることをしなくても良いのではないかと思うのです。ただひとつだけ気になったことがあります。捨てられない人って、モノを詰め込む習性がありますよね。それを直すだけでお家やお部屋はだいぶきれいになると僕は考えております。1年以上触れていない収納用品。その中に何が入っているのかまったくわからない場合は、その収納用品の中身は処分して問題ないでしょう。一応中を確認して見る必要があるとは思いますが、たいていは不用品だと思いますね。

 捨てられない人は収納用品にモノを詰め込む癖がありますから、収納用品をできる限り減らすこともポイントのひとつ。それから買い物をした時にいただく紙の袋。特にブランドのロゴが入っていたりすると「取っておこう」となってしまう人が多いですが、あれダメですよ。風水的にもお金が貯まらないらしいですしね。いつか使うかもしれない、のいつかは確実に訪れないことがほとんど。ですから、手放す癖をつけることが必要。

 みなさまの周りにも捨てられない人が少なからず、いると思います。そういう時には「モノを詰め込む習性がない?」とお尋ねになってみると良いかと感じます。所詮モノはモノです。モノに執着することは危険な傾向があるでしょうね。どれだけモノに固執しても天国までモノは持っていけません。お片付けに興味のある人はSNSや文献を活用し、勉強してみる。ぜひ行動に移してみることも人生の大切な一歩かと感じますので、お試しくださいませ。


 

2024年9月5日木曜日

つまらない人ですね

  僕は以前に、親しくもない人から面と向かって「つまらない人ですね」と言われたことがあります。僕はその時、その人が僕の何を知っているのだろうと思ったのですが、聞き流すことにしました。その人とは2度とお会いする機会はないでしょう。さて、僕がおもしろい人間か、前述の通り、つまらない人間であるかどうかは、ある程度の期間、関わっていただかないと判断がつかないと思うのです。ある一定期間、僕と関わってそれでも「つまらない」と言うのであれば、僕は異論はありません。とはいえ、イラストレーターを生業としている身からすると、つまらないと捉えられてしまうことは致命的です。なるべくおもしろい人間でいたいですね。

 自分がつまらないと言われたことの原因として考えられるのが、僕がインドア派ということ。キャンプや登山、サウナなどのアウトドア派の人たちからすると僕は大変退屈な生き物に見えるでしょうね。そこは否定しません。友だちから草野球チームに誘われた時にもユニフォーム代が高くてやめました。「あいつ、つまんねーやつ」と言われていることでしょう。

 これからも仕事やプライベートでいろいろな人と関わると思います。ですが、僕はたとえつまらない人に出会っても「つまらない人ですね」と言うことは避けたいと考えております。それは失礼ですし、思っていることをなんでも口にして良いわけではありません。そして、つまらないと思うのであれば関わらないようにすること。おもしろい人を見つけて、一緒に遊ぶほうが、誰にとっても生産性があると感じます。 

 みなさまも楽しく生きていくのが1番かと思いますので、ぜひ様々な人と交流なさって、世界を広げていただきたいと考えております。僕のように「つまらない」と言われた人はあまり気にせずに、気の合うお仲間を見つけることが最善策だと思いますね。


 

2024年9月4日水曜日

学校へ行けない人へ

  夏休みが明けて、学校に行けないという学生さん。多いのではないでしょうか。僕は学校は皆勤賞でしたが、ある時期とても学校に行きたくない時期がありました。ですので、不登校の学生さんや学校に行きたくても毎日行けない人の気持ちが少しですが、わかります。お悩みのかたに申し上げたいのが、絶対に自殺してはいけないということ。学校なんて別に行かなくたっていいわけです。それは学校が人生のすべてではないからです。人生100年時代のある一瞬の期間だけが学生時代です。

 学校へ行きたくない学生さんを悩ませているのがいじめの問題。先生も親にも気づかれないようにいじめをする質の悪い学生が必ずいます。これは僕の時代からいましたし、昔からいるわけですから、きっとこれからもい続けるでしょう。そういう人と関わらないための選択肢として、学校に行かないこと。彼らと関わってはいけないと僕なんかは思います。僕は学校に恨みがあるわけではありません。ただ、繊細な子やいじめられている学生さんたちを救うには、そうするしかないでしょう。先生も助けてくれない、親も理解してくれないのであれば、彼らは死を選ぶという選択肢が頭の中をよぎってしまいます。これは最悪な思考なのです。人は自ら死ぬために生まれてきたのではありません。より善く生きるために生まれてきたわけです。 

 学校へ行っていないと社会に出てから困る、とか不登校はその後の長期的なひきこもりにつながる、とか親御さんはそう考えると思います。心配すると思います。だからなんとしても学校へ行かせたいと考えてしまうのです。ですが、それはその場しのぎの考え方です。「もしも愛するわが子が自殺してしまったら」と想像すれば、無理矢理学校へ行かせる選択肢は消えるでしょう。

 学校へ行けない人へ、僕からアドバイスをさせていただくのであれば、好きなことを見つけるチャンスと現状の立ち位置を把握して、いろいろとチャレンジをしてみる、ということでしょうか。僕のように絵を描くことが好きなのであれば、絵を描き始めてみる。ゲームが好きな人は、ひたすらゲームに熱中してみる。読書をするのもおすすめです。そして、わが子が学校へ行かないとお悩みの親御さんには、お子さまは「学校へ行かない」のではなく「学校へ行けない」のだと認識を変える必要があることかと思います。人生は今だけではなく、これからがあります。不登校は決して甘えではなく、学生さんたちにはいろいろな悩みがあるのだと、思考を広げてみることも大切なのではないでしょうか。 



2024年9月3日火曜日

雨男の心理

  今日は午前中にちょっと用があって外出しました。移動手段は徒歩。歩き出すと雨が降ってきて、傘をさしました。基本的に僕は晴れ男なのですが、雨男の心理がちょっとわかった気がいたしました。雨男や雨女の人はどこかへ出かけようとすると雨が降り出すのだそうです。友だちではひどい雨男の人がおり、彼とゴルフの約束をすると当日、必ず雨になるのだと聞いてちょっとおもしろくて笑ってしまいました(失礼)。

 雨男の人は「自分は呪われているのではないか」と感じたりするそうです。あまり悩まないほうが良いのでは、と思うのですが、雨男の人は嫌でしょうね。嫌われたりすることも悲しい話。自然のことはコントロールできない問題でもあります。親しい間柄であれば「お前は雨男だから誘わない」とか冗談が言えたりすると思いますが、親しくない場合は付き合い方に困ると思います。触れないことが大人のマナーでしょう。

 そう言えば女性の傘ってセンスが出ると思いませんか?みなさまはいかがお考えでしょうか。僕は某小売店の傘を使っております。女性のファッションには大して興味がありませんが、傘はどんなものを使っているのか気になったりします。何気なくチェックしてしまいます。

 ご自身を雨男、雨女という自覚症状のあるかた。そんなかたは思い切って自分が雨男や雨女であることを周囲に打ち明けてみる。本当に親しい人なら絶対差別されないと思うのです。今日は僕自身が雨男の心理を少しわかった気がして、とても貴重な経験をさせていただきました。これからは友だちの雨男さんに優しくしてあげたいと感じましたね。


 

2024年9月2日月曜日

どこかが痛い

  歳を取ると「あれっ毎日どこかが痛い」というようなことがあるかと思います。みなさまはいかがでしょうか。僕はひどい偏頭痛持ちなので、偏頭痛発症の際はこめかみや目の上が痛いです。その痛みは脈打つようにナイフで刺したような痛み。想像しただけで体調が悪くなりそうです。それから腰。たまに痛くなったりします。僕はぎっくり腰を経験してから腰痛持ちになりました。他には股関節でしょうかね。股関節は古傷。基本的にいつも痛いです。このようにどこかが痛いということは非常に辛いことなのです。逆にお若いみなさま。どこかが痛いことなどないでしょうから。幸せなこと。毎日を楽しんでください。

 ただ、若者も生きていれば当然、歳を重ねます。今の僕のように「どこかが痛い」という現象が訪れるわけです。それは覚悟しておかなければならないこと。以前、電車の中で高齢者の5人組がひたすら持病のことを話していて、幻滅してしまったことがあります。しかし、それは人ごとではなくなりました。僕も同級生と集まったりすると健康や病気のことについて話したりするからです。「膝が痛い」だの「肩が痛い」だの、痛いことはあるあるなわけです。中でも偏頭痛持ちの友だちとは、偏頭痛あるあるで盛り上がれます。偏頭痛になったことがない人からはさも不思議そうに見られるので、興味深い部分。

 何と言っても歳を取ると痛いところの治りが遅くなります。これは自然現象なので、仕方がない話ですが、指の切り傷ひとつを取っても、言えること。子どもの頃は1日で治った切り傷が、3日経っても治らないとかよくあることです。とにかく生きることは痛みの連続。覚悟してしまえば、たいしたことではありません。「死ぬこと以外かすり傷」ってやつ。みなさまもどこかに痛みを抱えているかた、そのような悩みをお持ちの人はたくさんいらっしゃいますから、愚痴を言い合えるお仲間を見つけることも楽しみのひとつなのではないでしょうか。


 

 

  

 

2024年9月1日日曜日

24時間テレビは

  昨日から日本テレビで放送されている『24時間テレビ』。第1回の放送の司会が萩本欽一さん、欽ちゃんであったと昨日のドラマで知りました。当初は24時間テレビは偽善であるという批判があったそうです。とても悲しい話。番組内では、募金をする、人のために歌う、障がいのあるかたと一緒に踊るとかいろいろな行動があり、僕は決して偽善ではないと思います。ですが、そういった人の善意を「偽善だ」と批判する人も一定数いるでしょうね。それは人間が善人ばかりではなく、悪人がいるからです。悪いことをする人がいるから警察が存在し、裁判所があるわけです。世界中に善人だけが存在するのであれば、戦争など発生しません。

 今年の24時間テレビでマラソンをするのがやす子さん。彼女は十代を児童養護施設で過ごした経験があるのだそうで「将来の目標が子ども食堂をすること」と公言しております。非常に立派な人だと思うのです。なかなかできることではありません。それから寄付金。善意に満ち溢れた人は経済的に余裕がある場合、募金をすることが日常化しているみたいです。以前に僕が見かけて感激したのが、耳の不自由な男性が、コンビニでお釣りを募金しているのを目撃したこと。そしてスタッフのかたが「いつもありがとうございます」と声をかけていたのでした。世の中には素晴らしい人がたくさんいるんだと世界が広く見えた瞬間でした。

 たとえば、電車に乗って高齢者に席を譲ること。これは偽善でしょうか。そんなはずはありません。善意って絶対に存在すると僕は信じたいです。1円でも100万円でも募金をする時には、人を思いやる気持ちになるはずです。そんな人たちを偽善者と軽い言葉で片付けることだけはしたくないと僕は考えております。