僕は庶民中の庶民なので、庶民的な感覚を持ち合わせております。これは子どもの頃からずっと。そしてこれからもずっとそうです。前にSNSで何百万もする腕時計を何十本も毎日投稿している人がいて「何が楽しいのだろう」と僕は思いました。当然、それだけお金を持っていることは明らかなのですが、僕は時計の趣味がありませんし、どうして僕のタイムラインに流れてきたのかが、不思議でしたね。しばらくスルーしていたら表示されなくなりました。
庶民的でないかどうかのボーダーラインがスーパーに行くかどうか、ここで明らかになります。お金持ちの人で「私スーパー行かないんです」という人は結構います。それは個人の自由というもの。逆にお金持ちの人でも倹約家は存在していて、スーパーに行ったり、100均に行ったり、お金持ちの中にも庶民的な感覚を持ち合わせている人はいます。おもしろい部分。
人と関わる時にお金の使い方がどうかというのはポイントです。冒頭の何百万円の時計を何十本所有している人でも、実際に会ってみたら庶民的な感覚を持ち合わせているかもしれません。それは会って関わってみないとわからないことです。だから人間はいろいろな人と会ったりして、経験を積むことが大切です。価値観は人それぞれですから、許容範囲は大きいほうが良いと思いますね。

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