2026年7月3日金曜日

すぐに逃げ出せるように

  なんだか最近、全国的に地震が多くて関東住みの僕は首都直下型の地震が来るのではないかと密かに心配している次第でございます。みなさまはいかがお感じですか?僕は改めてボストンバッグに必要なモノを入れて、大きな地震が来たらすぐに逃げ出せるようにしております。ボストンバッグには下着や肌着、それから寝袋を入れております。服も上下、数着入れてなんとか避難生活を送れるよう最低限の準備はしたいところ。パジャマにもできるスウェットも必要かもしれませんね。それからホイッスル。何かあった時のためにいつでも鳴らせるように以前に買っておいたものがあるのです。今はボストンバッグに装着してあります。

 備えあれば憂いなし、という素晴らしい言葉があります。やらないで後悔するよりも、やって後悔するほうがいいですよね。そのためにも避難の準備は必要かと思います。地震は当然のことながら天災。いつ起きるか予想が難しいのも地震のこわいところです。ちなみにお片づけ人になった僕は背の高い家具はすべてお片づけしたので、大きな地震が来て家具が倒れてくる心配はありません。そこは安心している部分です。

 みなさまも地震が来た時に備えて、いろいろと準備をしておくと良いと思います。どんなに忙しい人でも休日はあるはずです。「せっかくの休日なのに」などと言わず、ぜひ自分にできる準備をして、大きな地震が来たらすぐに逃げ出せるようにしておきましょう。


 

 

2026年7月2日木曜日

要らなくなった雑貨

  最近、リサイクルショップにふらっと入ったらいろいろな雑貨が売られており、これだけの雑貨を売りに来た人たちがいたのだとふと思い知らされました。僕は雑貨を少し所有しておりますが、それはプレゼントで頂いたものです。大切にケースに入れて保管してあります。少し前の僕は観葉植物にハマっていたのですけれども、家や部屋が観葉植物を育てる環境に適さなかったのか、ひとつのガジュマルとひとつのサボテンを残してすべて枯れてしまいました。残念ですが、もう観葉植物にハマることはなさそうです。買ってきても枯れてしまってはかわいそうですからね。観葉植物も立派な生き物ですから。

 さて、お片づけを進める中で要らなくなった雑貨が出てくるかと思います。冒頭のリサイクルショップに持ち込むことがおすすめですね。燃やせないゴミの日に出すことも選択肢としてありでしょうが、もったいないですよね。誰かの手に渡るとまた使ってもらえて良いと思います。

 僕がよく行くリサイクルショップには本当にいろいろなモノが売られていて見ていておもしろいです。僕はもう中古品がダメなので買うことはありませんけれども、社会勉強の一環として見学に訪れている、そんな感覚です。ちなみにリサイクルショップは店長次第でモノの値段が変わるので「前はもっと安かったのに」ということがよくあります。これはあるあるです。ボロボロのレッドウィングのアイリッシュセッターが27500円で売られていて「新品買ったほうがいいじゃん」と僕は思いました。ただ価値観は人それぞれ。

 そもそもモノを買う時に将来の処分の可能性について考えることは非常に大切だと僕は考えます。消耗品以外は処分に困らないように気をつけてお買い物を楽しみたいものです。 



2026年7月1日水曜日

美容院の雑誌

  過去にアフロにしていた時に、パーマをかけている時間に目の前に数冊の雑誌を置かれて「ご自由に読んでください」という感じの状況がありました。美容院に行かれるかたはよくご存知だと思います。僕はその頃、物欲が強かったので雑誌を見るたびに「あっこれ欲しい」というようなことがありました。今は大丈夫。そもそも雑誌自体を欲しいとすら思いません。

 パーマをかけなくなったので美容院はカットのみ。雑誌を置かれることもなくなりました。雑誌業界ってどうなんですかね。ペーパーレス化が進んでいるので、魅力的な限定付録付きとかじゃないと買いたいとは思わないのかもしれません。それから積読が好きな人はお気に入りの雑誌を毎月購入するのでしょう。どんどんたまって集まっていく感じが楽しいの。わかる気がします。本棚に空いているスペースを新しい本で埋め尽くすの、とても気持ちいいですよね。

  さて、美容院の雑誌は最新号が並んでいるので古くなったものはどうするんでしょうか。廃品回収の日にまとめて出す。きっとそんな感じでしょうね。おしゃれでかっこいい美容師さんがまとめて古書店に売りに行くのは、ちょっと想像ができませんからね。とりあえず美容院の雑誌は物欲をかきたてるものなので、節約をしている人やモノを増やしたくない、そんな人は雑誌を見ないことをおすすめします。人は見ると欲しくなってしまうからです。ぜひご注意ください。


 

2026年6月30日火曜日

席を譲られる日

  先日、電車の中で微笑ましい光景を目にしました。JKが70代くらいの女性に席を譲っていたのです。「どうぞ」という具合に。女性はとても嬉しそうでした。「ありがとう」と言って頷いていましたね。日本の未来も捨てたものではない、そう思いました。ちなみに僕も若い頃にはよく年配の人に席を譲りました。このまま長生きしたら今度は席を譲られる日がくるわけですね。だいたい見た目年齢が何歳くらいだと席を譲ってもらえるのでしょうか。気になる部分。

 最近は電車の中でスマホばかりをいじっている人が多いので、目の前の高齢者にそもそも気がつかない、そんな人も多いのではないでしょうか。僕は電車の中では人間観察が大好きなので、いろいろな人を観察して楽しんでおります。それからたまに眠ったりもします。電車の中で寝るのって気持ちいいですよね。お車ばかりに乗られているかたにはわからないでしょうが。

 みなさまの中で年配のかたに席を譲ったことがない人。結構いると思うのです。ぜひ勇気を出してやってみましょう。そういう行為はされる側もした側も、大変気持ちが明るくなります。いわば素晴らしい行動なのです。生きていればいつかは誰しもが席を譲られる日が訪れます。だから、その時まで人には親切にしたいものですよね。


 


2026年6月29日月曜日

修学旅行どこ行った?

  あまり鮮明に記憶にないのですけれども、僕は中学の修学旅行が岩手。そして高校の修学旅行が長崎でした。この話をすると100発100中の確率で「えっ京都行かなかったの?」という質問になります。個人的には京都に行きたかったのですが、行き先が岩手と長崎になった理由はいまだに不明です。特に中学は一個上の先輩たちは京都。そして一個下の後輩たちも京都でした。ですので同級生たちと「何で俺らだけ岩手?」と今でもその話になります。ちなみに岩手ではわんこそばを食べた記憶しかありません。その頃から少食の僕は26杯しか食べれませんでした。それから中学においては僕たちの中学を除いた近隣のすべての中学が京都に行っていて、これは僕の人生七不思議に該当します。

 高校の修学旅行はいろいろなところに行きますよね。中には海外というケースも現在では珍しくないでしょう。とはいえ、第一志望の高校に行けなかった人は少なくないと思います。ですので、修学旅行ってそんなに一大イベントではないような気もします。

 みなさま仲間内で集まったら「修学旅行どこ行った?」と話題に出しても盛り上がって楽しいと思うのです。やはり京都が多いとは思いますが、僕のようなレアケースもあると思います。まだ行ったことがない京都に行くことは僕の残された人生の楽しみのひとつにとっておきたいと考えております。 



2026年6月28日日曜日

お休みは何のためにあるのか

  みなさまご存知の労働基準法にはきちんと日々の休憩時間や、一週間あたりの休日の日数がきちんと明記されております。そんなお休みは何のためにあるのか、というと人間は休まないと体を壊してしまうからです。休んで英気を養うことで次の労働に生かすこと。このために休みはあるわけです。お休みのない人間はいないでしょう。休むことは決して恥ずかしいことではありません。がんばるためにはお休みが必要です。

 ちなみには僕はお休みには図書館に行ったり、書店に行ったりすることでリフレッシュしたりしています。とても癒される有意義な時間。特に書店は「何を買おうかな〜」と自分で決めた予算内に収まるように本を探すのでとても楽しい時間ですね。僕は積読はせず、買ったらすぐに読むタイプ。そして読まなくなったら古書店に持ち込んで「さよなら」します。

 お休みは何をしても自由なので、みなさまぜひ疲れを癒してくれる何かを探しましょう。それは人それぞれ異なります。自分から主体的に探してみないと見つからないものです。そして、眠ることが好きな人はお休みの日には思いきり睡眠をとりましょう。眠ることは健康にもすごく良いのだそうです。

 日々の労働の疲れを癒すこと。それから休んだ後は元気に仕事をすること。お休みはそのためにあるので、休める時にはちゃんと休みましょう。


 

2026年6月27日土曜日

ニュースは大げさくらいが

  今日はニュース報道のあり方について。僕は大のニュース好き。平日の夜にはニュースのハシゴをするくらいです。さて、そんなニュースについてですが、ニュース報道は少し大げさな部分がありますよね。本日の台風ダブル接近も厳重注意といった形でかなりの報道がなされてきましたが、フタを開けてみると今のところ「そうでもない」そんな感じ。みなさまのお住いのご地域ではどうでしょうか。

 それから地震。昨日の夜にも関東地方で大きな揺れがありました。生放送をしていたニュースのキャスターさんは白いヘルメットを頭に装着しながら原稿を読んでいて、これも少し大げさといった具合でしたね。とはいえ、国民の安全を願うことは素晴らしいこと。地震を含めた天災で亡くなる人やおケガをする人がひとりでもいなくなってほしいと僕も切に願います。

 要はニュースは大げさくらいがちょうどいいということです。視聴者に危険を伝えること、事前に危険に対する準備をしておくこと。これらを促すためには多少大げさくらいがぴったりなのです。そうしないと視聴者も危機感を抱きませんからね。僕はこれからもニュースが好きだと思います。そして、ニュースを見て素直に危機感を抱いて事前準備ができる人間であり続けたいとも思いますね。